今年3月の第3週は、コロナウイルスによる死亡率の急上昇や医療機関における終末的な光景に、私たちの心は大きな不安を覚えていた。同時に世界の金融市場は2008年9月以来、崩壊寸前まで追い込まれていた。世界の主要企業の株価が急落したのだ。ドル相場は世界のどの通貨に対しても急騰し、インドネシアからメキシコまであらゆる国の債務を圧迫した。今日、1兆ドル規模の政府債務は、金融システムの基礎となっているが、これがコロナウイルスによる先行き不安や恐怖によって、乱高下を繰り返していた。
パソコンなどの端末に表示される金利のチャートは、まるでダンスをしているようだった。コロナウイルスの影響により、ウォール街のトレーダーは自宅からの取引を余儀なくされており、自身の自宅における作業環境をSNSで共有しあっている。こういったコロナ時代で取引できるよう対処するための戦略を意味する”Ronarigs”という新し俗語まで生まれている。自宅にある一般のインターネット回線では、市場の動きに遅れを取ることから、トレーダーはいら立ちを募らせている。3月23日の安値では、世界の株式市場から26兆ドルもの時価総額が失われ、多くの株式を所有する富裕層、年金基金や保険基金の運営期間には、大きな損失が及んだ。
各国の政府がコロナウイルスの感染拡大への初期対応をためらったことが致命的となり、市場の反応は想像を絶するものとなった。その後、各国政府は遅れながらもパンデミックを封じ込めることを目的に、包括的な都市閉鎖(ロックダウン)を命じた。経済成長することを前提に構築された世界経済システムは、絶望的な停止状態に陥った。2020年、第二次大戦以降、はじめて世界各国での生産が縮小する。閉鎖されたのは欧米だけにとどまらず、かつて隆盛期にあったアジアの新興市場国も閉鎖された。中南米やサハラ以南のアフリカの輸出業者は、崩壊しつつある市場に直面している。
状況に応じて、必要であれば経済を停止できることは明らかだが、それがもたらす結果は壊滅的なものだ。世界中で、何億人もの人々が失業している。この現象は、サービス産業が現代経済において圧倒的に重要な雇用主であることを改めて示している。その証拠に、デリーの路上商人からLAのパーソナル・トレーナーまで多くのサービス業に携わる人々の雇用が失われている。世界経済は、かつてこれほど大きな衝撃を受けたことはなかった。米国だけでも、この3週間で少なくとも1700万人が職を失っている。もはや、世界同時的な深刻な不況は避けられない。

重大な問題は、世界経済がどれだけロックダウンに耐え、乗り切れるのかということだ。これは、クレジット(信用)をどれだけ市場に供給できるのかに依存している。世界中にある多くの事業はクレジットで運営されている。倉庫、携帯電話会社、インターネット関連企業といった事業は、この状況においても機能している。これらすべて事業には、クレジットの供給が必要だ。現役世代の賃金はクレジットで賄われる。さらに大きなことは、コロナウイルスの影響で働けなくなっている人々のニーズだ。融資を確保できなければ、さまざまな経費や利子を支払うことができず、さらに経済的な苦痛が広がる。この世界的な封鎖を生き抜くために、世界中の何百万もの家族や企業が国からの補助金や融資に頼っている。しかし、税収は減っているので、各州にもクレジットが必要となる。第二次大戦後、最大の赤字と政府債務の急増を世界の各国が目の当たりにしている。
しかし、私たちは誰からこうした資金を借りているのだろうか?銀行と金融市場は、世界経済の資金源となっている。通常、クレジットは、楽観的な成長予測に支えられている。しかし、その楽観的予測が消失してしまうと、信用収縮、失業、破産といったサイクルに直面し、悲観論の暗雲が世界中の市場に広がる。こういった問題を今回のコロナウイルスのように放置すると、財政的に脆弱な人々の生活や事業を破壊し、それが周りに波及することでさらに悪いことが起こる。私たちが金融市場における不安の伝染について話すことは、決して無駄なことではない。
今年1月の武漢の封鎖から始まった一連の出来事は、これまで見たどの景気後退よりも激しく、動きの速いものだ。わずか数週間で、われわれは1930年代以来、これまでにない厳しい経済見通しに直面している。しかし、それはもっと酷いものとなっていたかもしれない。感染拡大を防ぐための外出禁止による苦痛と医療崩壊が起こる病院における世紀末のような情景に加え、政府が追加財政出動の財源を確保できないため、緊縮財政を求める声があがるような状況を想像してみてほしい。金利が高騰し、クレジットカードローン、自動車ローン、住宅ローンの条件が急に厳しくなるのが当たり前となる日常を想像してほしい。これらは、全て現実に起こるかもしれない現象であり、脆弱な経済を持つ国々では既に起きている。しかし、いまのところ、こういった事態は欧米では起こっていない。2020年3月のカオスの後も、パンデミックが猛威が世界を襲った。
欧米が成功したことは、金融恐慌のカーブをフラット化することだ。彼らは、極めて重要なクレジットの流れを維持してきた。それなしでは、経済の大部分は生命維持装置が使われることなく、完全に死んでいた。我々の政府は、財政難に苦しんでいるだろう。融資の流れを維持することは、ロックダウンを継続するための前提条件だった。これは、パンデミックに対する共同の公衆衛生対策の前提条件でもあるのだ。
大きな危機に際し、私たちは利潤主導型の民間の金融経済の中心は、公的機関である中央銀行であることを再認識させている。金融市場が正常に機能している場合、この事実がこれだけ表面に出ることはなり。しかし、民間金融機関が破綻するという脅威に晒された際には、中央銀行は、最後の貸し手として行動するという選択肢がある。中央銀行は、融資を提供したり、現金に飢えた銀行やファンドなどの事業から資産を購入したりすることができる。中央銀行は、自国通貨の最大の支援者であるため、予算は無限にある。つまり、誰が沈み、誰が泳ぎ続けるかを決めることができるということだ。私たちは2008年のリーマン・ショックでこれを学んだ。しかし、2020年のコロナウイルスは、この事実を改めてより鮮明に私たちの眼前に突きつけている。

この6週間で世界各国は、前例のない市場介入を行った。その結果は極めて重要なものだった。金融システム全体に巨大なセーフティーネットが張り巡らされている。重要な局面を迎えた3月には、閉ざされた扉の裏で米連邦準備制度理事会(FRB)、欧州中央銀行(ECB)、イングランド銀行(英中央銀行)が行ったことを、私たちは決して知ることはないかもしれない。今のところ、外部には議論の声が小さくしか届いていない。しかし、ウイルスが世界を襲ったとき、これら3ヶ国の中央銀行の関係者は、何億人もの人々の経済的生存と国家の命運を手中に収めていた。中央銀行は、全く不可能だと考えられていた決断を下したことによって、世界的な金融メルトダウンが回避されたのだ。これは、わずか1ヶ月前の話だ。
金融市場は、世界中のリスクを探る。金融、生産、貿易といった広範な世界規模のネットワークにおいて、ほんのわずかな部分の一時停止であっても、利益や損失の恐れが生じる可能性がある。1月23日、未知のウイルスの発生は、中国当局が大規模な検疫を実施するほどに深刻だというニュースは、ブルームバーグからトレーダーが持つ取引端末に送信され、トレーダーたちを激しく揺さぶった。銀行のエコノミストたちは、問題の大きさを把握しようと苦闘した。2003年のSarsのような小さな混乱なのだろうか?それとも、感染症の世界的流行を題材としたハリウッド映画のような悪夢に直面しているのだろうか?
1月下旬から、投資家は商品や株式などから比較的安全な国債に資金を移動するようになった。投資家らは当初、新型コロナウイルスが中国の国内問題だという考えだった。コロナウイルスが世界的な大流行に発展しつつあることを投資家が実感した日は、2月24日だった。イタリア政府は先週末、北イタリアの一部で検疫を実施すると発表していた。これは、西側諸国で最初に行われたコロナウイルスによる大規模な検疫だった。
2008年の金融危機以来、イタリア経済は停滞していた。銀行も財政も危うい状態にあった。イタリアの債務水準は、債券市場が周期的にパニックに陥るほど高かった。今や、その国は、コロナウイルスに対する人類の戦いの最前線になっている。コロナウイルスは、弱体化しているユーロ圏の結束力にとって大きな試練となる。
この時点では、誰もが脅威を深刻に受け止めていたわけではない。アメリカのケースロード(医療機関などにおける一定期間期間における取扱件数)は、まだ小さかった。ドナルド·トランプ大統領は、ウイルスを”恐怖”として捉えることはなかった。しかし、いま投資家はコロナウイルスに対して深刻な懸念を抱いている。2月24日からの1週間で、米国の主要株価指数S&P500は、10%下落した。米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は、消費と投資を刺激するために、近く利下げを前倒しするとのシグナルを市場に送るのに足る懸念を抱えていた。これは従来的な反応だったが、コロナウィルスは、もはやこれまで私たちが経験してきた驚異のレベルではないように見えた。

Source: How Coronavirus Almost Brought Down the Global Financial System